寄稿しました

https://twitter.com/tentotentento/status/924640724548698112

携帯からなので色々いじれないのですが、上記のツイートリンクをご覧ください。
8月8日に日記を書きました。
そしてその日記を寄稿させて頂きました。
本をまとめている主宰の伊藤さんには大変お世話になったので、書くことができて嬉しかったです。
文学フリマにてご購入いただけます。
私の素直な1日を書きました。
そして様々な人の素直な1日が本を開けばあるでしょう。
主宰の伊藤さんも執筆陣の方々も素晴らしいので是非よろしくお願いします。

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ハッカ味の煙

長い付き合いになる物書きの友人が私を例えた一言がタイトル。
「でも最近のブログは中身が見えつつある」と言っていました。そうだと思う。
思えば随分素直になった。泣いたら泣いたと言えるようになった感じ。
昔はどんなに目が真っ赤で腫れてても「泣いてません!」って言い張るような謎の意思があった気がする。
その変化はとても良いと言われて嬉しくなったよ。ありがとう。

今日は嫌なことがいきなりフラッシュバックして、「あれ?私どこにいるんだ?」とあたふたしてしまった。
結局数時間上の空で、専門時代の相棒に電話をしてゆっくりと現実に戻ってきた。
先日友人から着信があったので折り返しの電話をかけたのだけれど、「胸がいっぱいになって落ち着くためにかけたの」と言われて嬉しかった。
何だか気持ちが高ぶったり、胸がいっぱいになる時ってある。そういう時に一旦落ち着こう!って話す相手として選ばれるのはとても嬉しいなぁ。
その後は「この歳になってから好きなものが新たに出来るって最高に幸せだよね」とか「好きなものを共有できてそれについて話せる友達ができてよかったよ」とか後半は照れるような話をした。
恋愛小説の中で一番好きな作品に、川上弘美の「センセイの鞄」があるのだけれど、友人は先日それを再読しながら泣いたらしく、「この作品を良いと言い合える友達がいて良かった」と。私も心からそう思うよ。
そんな友人が最近ハマっているのはプロレスで、部屋には週刊プロレスが積み重なっている。良いこと。

ブログを書いていない間に何があったかって特に何もなくて。今年は夏から一気に寒くなってしまったせいか体が過眠状態になってしまって一時期とても生活に苦労したくらい。
そしてやっぱり秋冬の気圧と相性が悪いのか体調はすこぶる悪い。仕方ないのだと思う。
とりあえず自律神経がめちゃくちゃで汗がおかしいことになっているのでそれだけ落ち着いてくれないかな。

そういえば今日、フラッシュバックしてあたふたしていた時に「真正面から受け止めなくていいんだよ」と言葉を貰って。
なるほどなぁと思った。基本的に猪突猛進で真正面からぶつかることしか知らなかったので、頭に思い浮かぶ嫌なことも真正面からぶつかって解決したり消したりしてたのだけれど、なるほど。そういうやり方もあるのね。
「過去はどうしたって変わらないものだから無理に真正面から受け止めようとしなくて大丈夫だよ、辛いでしょ」と。
すごくいい事を教わった日だった。練習しようと思う。

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言葉って難しい

感じていることや思っていることを言葉にして伝えるのが苦手だ。
現状で相手に対して振る舞う一番の手はこれだろうというのがまず頭に浮かぶ
しかし、実際に私の心にあるのはそれじゃない。
こう言った場合、前者を取りたくなってしまう。
しかしそうしていては分かり合えないので、何とか言葉を考えて自分の気持ちを伝えようとするのだがまるで上手くいかない。
そして一言一言をひねり出すのにすごく時間がかかってしまって、結局言い切れずに終わる。
言えなかったあれこれが心の中に沈殿していく。何してるんだか。


自分の不甲斐なさに涙が出た。
本当はやりたいことが沢山ある。
ここにきたからには、と思うことが沢山ある。
勿論やれている日だってあるが、悔しいくらいに体が思うように動かない日が多い。
与えられるだけの生活はしたくなくて。
少しでも多く、与えてもらっている分を返したくて。
今日の私は何ができていただろう、と寝る前に考えている。
こんな努力家で真面目でまっすぐに突き進む人に対して何ができているだろう、と。


自分の病気に関しても改めて色々と調べているのだけれどどうにもこうにも寛解と言うよりは付き合って生きていくパターンのようで。
前に調べた時にもわかっていたことなのに、再び殴られているような気分。
それも恐らく私の中を焦燥感でいっぱいにさせる原因なのだと思う。
いやいや、そんな悠長にしていられないんだよって。


「無理をしないで」と言われても、多少の無理をしないとできないことがある。
無理をしなくてもできることも勿論ある。
要はできる無理とできない無理を分けていくことなのだろうと思う。
いい子に休んでいたら治るものでもないし、それならばそいつの様子を伺いながらこっちができる無理をしつつやっていくしかないのだ。


とりあえずはこちらの空気に自分を慣らしていくこと。
こちらの時間に自分が馴染むこと。
心の安定をうまくはかること。
まずはお気に入りのお店を作ってみようと思う。
落ち込んでうじうじと考え続けるよりも、とりあえず出来ることを。

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秋刀魚を焼いた後はグリルをすぐに洗ってね

すっかり肌寒くなってしまった。
ついに毛布を出した。何か負けた気がする。
しかし毛布にくるまった時の言いようのない安心感は素晴らしいものがある。
ぬくぬくと、熱のこもった毛布の中でこのまま微睡んでいたい…と願ってしまう。
そういったことを考えて行くと結論としては猫が理想だなぁと思う。

こちらで生活を始めてから何かとお世話になっているのが幼馴染2人と私を含めた3人のLINEグループである。
住んでいる場所がバラバラでも、生活をする上でどうしようと思うことはそんなに変わらないようだ。
特に夕食何にする?とか、パートナーはこういう時に助けてくれる?とか、とにかく生活に根付いたものばかりだ。
今日、幼馴染の1人は港で釣りをして夕食をゲットしていたし、もう1人の幼馴染はお腹が空いたのに何もしたくないと夕食前にゴネていた。
有難いのが、ゴネる場所があるということだ。
何もしたくねー!!!!と1人が抱え込むより、誰かが目を通してくれる場所に書くとそれだけで少しだけやる気になれる。
2人も頑張ってるからね、頑張るよ。って背中を押されている。
ただ、幼馴染2人は家事にプラスして育児をしているので無理をしないでいてほしいなぁと思う。

今日は気圧が低かったので驚くほど眠かった。
昨日一通りの野菜を買い込んでおいて良かった。
そんな今日の夕食には秋刀魚を焼いた。
上記の幼馴染2人が昨日の夕食に秋刀魚を焼いていたので真似をしたのだ。献立を考えずに済んで非常に楽だった。
集中力がなかなか戻っていないので本も読めないし、映像作品も心しないと見られない。
しかしどんどん言葉が頭から抜け落ちている事を実感するのでせめて日記だけは毎日とは言わなくても書こうと思った。

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知らなかったな

付き合いが10年になる友人と久々に通話をした。
彼女はいつも私のことを気にかけてくれていて、何かしら良いことを教えてくれる。
彼女の話を聞いていると心がワクワクするし、本当にそうだなぁと納得することが多い。
そして自分の中の疑問や肌で感じたことを打ち明けるとわかってくれるのでとても有難い。

こっちに来て痛感することとして、「地元は生活が豊かだ」ということがある。
四季は木々や花や食卓が当たり前に教えてくれて、緑は当たり前のように目に入る。
自然が溢れんばかりに豊かで、遠い遠い場所の工事の音が呑気に響いてくる。
何を豊かというかによるけれど、私の価値観ではそう言った生活が何よりも豊かだと思う。
こっちは、驚くほどに音が多い。聴覚過敏の私は人混みに出るたびにフラフラしてしまう。
そして何より、季節を探さなければならない。
季節を探す、という行為自体おかしなものだと思ってしまう。
季節は当たり前に訪れて、注がれるものだと信じ切った生活をしていたから。
緑は人工的に整備されていて、咲いているというよりは咲くことを義務付けられているようだ。
地元はなんて贅沢な町なのだろう、と日々思う。
朝には新鮮な野菜を農家が売りにくる。地産地消が出来る。
田んぼの稲は豊かに風に揺られながら色を変えていく。
川には山の緑が反射して、とても美しい。
空気が循環していることもはっきりわかる。

そんな話をしたら、「そうだよ、すごくいい所に住んでいたんだよ」と東京生まれ東京育ちの彼女は教えてくれた。
彼女は何れ都市計画に携わりたいという。
緑を街に返したいと言っていてとても素敵だと思ったし、人工物に溢れかえったこの街に緑が溢れたらどれだけ人の心が和らぐだろうと思う。
勉強熱心な彼女はきっと都市計画に携わるだろう。そして素敵な街を作り出す。そう信じている。

根っからの自然育ちは、自然に触れていないと心が弱ってくるようだ。
人工物の匂いのしない、堂々とそこにある自然に触れたい。

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「私達は地雷原だとわかってて走る人間だから仕方ない」

相変わらず冷えピタを貼ってアイスノンを枕にして寝ている。
今日は寝起きにコーラを飲んだら一気に気持ち悪くなってトイレに直行だったので流石にいよいよ休まないとかな…という所に隣の人から連絡が来て「前の会社の人たちと飲んでくる」!
ラッキーでした。
しかしよく眠ってしまう、というよりも眠れるまで回復してきたのだろう。良いこととしよう。


今日、親友との思い出をツイートして、馬鹿なことをたくさんやってきたことを思い出せた。
彼女とは小学一年生からの付き合いで、今の歳まで本当に馬鹿なことしかしていない。
ミニ四駆を公道で走らせたら本当の四駆に進化できる!と走らせて、開始10秒ほどでミニ四駆が側溝に走っていった思い出。
テンガを水風船にして頭から落としてかぶっている動画を見つけてうちらもこれをしよう!と夏の夕方に必死に頭にテンガを落とした思い出。
ゴールデンウィークの公園で子供に混じって本気でトランポリンをして呼吸困難になる程笑った思い出。
私の誕生日にチョコボールが26個送られてきて、一つ一つの箱に手書きのエンゼルを描いてまた綺麗に包装し直して送りつけてきた思い出。

年越しに神社に並びながらあと3分くらいで新年になるという所で嘘のカウントダウンをして周りの人を騙した思い出。
トランプゲームでお互いの眉毛を賭けて本気で勝負して私が勝って彼女の眉毛を全剃りした思い出。

そんな親友は今年母になった。
けれど、相変わらず笑いのセンスは衰えてなくて、最近はジャバ・ザ・ハットに似た写真が撮れた!と喜んで送りつけてきた。
私がなんだかんだ生きてきた理由ってこういう所にあるなと思う。
お互いに辛いことをいかに面白く語るかで乗り越えてきた気がする。
要はなんでもネタにしてしまえということだ。
私がてんかんの大発作を起こして入院した時に、彼女は面白いからという理由で一眼レフのカメラを持ってきて病衣姿の私をゲラゲラ笑って撮影して帰っていった。
私も倒れた直後のポヤポヤした頭でゲラゲラ笑いながら撮影に応じた。
そういう所に救われて、そういう所がたまらなく好きだ。
私は最高の親友に恵まれたんだと思う。

生きる上で欠かせないもの、絶対に負けないという強い気持ちも大事だけど、ユーモアはもっともっと大事だ。
大人になればなるほどくだらないことって大事になってくるから、忘れないでいたい。

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熱を排出することをさぼる体

先日友人と水族館に行った。
その友人と2人っきりで会うのは初めてでとても緊張したのだけれど会える喜びの方が大きくて、先に着いた私は改札前で何度も何度も人波の中に彼女を探した。
前に会った時よりも随分と髪が伸びた彼女は相変わらず優しい笑顔ではにかんでいてとても可愛らしかった。

水族館は昔から好きだ。
水族館で楽しく過ごせる相手は基本的に居心地がいい相手に選別される。
彼女とはケラケラ笑ってあちこちのエリアを見た。
今回とても嬉しかったのは人生で初めてイルカショーをフルで見たことだった。
「イルカ………可愛い…!!」って本気で思った。
何故こんなにも愛しく可愛い生き物のショーを人が多いからと避けて生きてきたのだろうと本気で後悔した。
イルカショーはずっと動画を撮っていたのでふとした時に再生してにんまりとしている。
こっちでもお気に入りの水族館を見つけたい。そして年パスを買いたい。


すこぶる調子が悪い。
個人的に信じられないレベルのショックを受けたらストレス反応が激しく出過ぎてしまった。
おかげで体温調節がうまくいかないのと、ショックを受けた直後、5時間くらい意識を失うように寝ていた。
それからアイスノンと冷えピタが手放せない。
こんなにも秋らしい夜なのにアイスノンを枕に冷えピタをしてこれを打っている。

最近気づいたことに、感情を認識するのが下手な為、自分に起きたことを人に話した後で私ってこんなに傷ついていたんだとか、ショックだったんだ、と認識して驚くことが多い。
だからこそ、感情を言葉にすることは大切だよってことなのね、と意味がわかった気がした。
言語化して驚くよりも早く、自分が何に傷ついてショックを受けたのか気付けるようになりたい。

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