試し書きだらけのノート

日々のあれこれ。

7月こそ梅雨

先日、蟹をこれでもかというほど食べた。


食べているうちに指を攣るという経験をした。
数年分は食べたと思う。
お正月気分だった。


2本目の親知らずの抜歯の日が近づいていて、
本当に萎えている。心底萎えている。
また、歯肉を切らなくてはいけない。
それはいい。
力技で歯を抜かれる時の痛みが嫌なのだ。
今回はビシッと手を挙げて、
「麻酔お願いします!」
と言うつもりである。
しかし歯科というのはどうしてこうも心を蝕むのだろう。
虫歯が歯を蝕むのと同率で心が蝕まれる。
おじいちゃん先生、頼むよ……!!


私はと言うと体調が相変わらずあまり思わしくない。
ベッドから起き上がれない日があったりする。
かと思えば唐突に動き出して髪を切りに行ったりもしている。
ずっとボブを続けていて、これから伸ばしてロングにしていける形になったのに、またショートにしてしまった。最早これはショートの呪いだと思う。
ロング、1度はしてみたいけどショートの呪いは解けない。

感情って何色あるんだろうね

親知らずを抜いたのが昨日。
めっちゃ痛い。
残り三本。
憂鬱でしかない。
そんな梅雨入り如何お過ごしでしょうか。


親知らずを抜いたんですけど、私の親知らずは真横に生えていてしかも埋伏歯なんですね。
治療中聞こえてくる音がゴリッバキッとか不穏な音ばかりで、心も折れかけました。
途中1度歯を半分に分けるために半分に折らなきゃいけなくて。
それがもうはちゃめちゃに痛くて。
人間いたいと自然と口を閉じてしまうもので、あぁ開けなきゃの繰り返しを若干本気で泣くのを堪えて戦いました。
でも、先生がめちゃくちゃ優しい先生なので有難いです。おじいちゃん先生ありがとう。


最近の自分の中のもやもやは、
「果たして思ったことをこうして残して意味があるんだろうか?最早それすらも愚問なんだろうか?」
です。
でもきっとアウトプットしないまま忘れていくよりはいいんだろうね。



可愛いおてて

毎日は書けない

某友人から「毎日ブログを更新してみろ」と言われたのだが、毎日はさすがに厳しいでやんす!親方!
と思っている今です。毎日は犬の散歩で必死!


元々は毎日日記を書けていたのだけれど、23歳くらいから書けなくなってしまった。
当時お付き合いしていた人とSNSも繋げてしまったから素直な気持ちが書けなくなったのが理由。
恋人の前とたった1人の個人の顔って私は違う気がする。
いくら恋人と言えど距離感って大事だよね、というお話。
そこから長文が書けなくなって、文章を書きたいと思わなくなって、そのうち書きたいのに書けないになって、今はたまにこうして綴れている自分に感謝している。
全く文字数書けなくなってしまったけどそれでもいい。


近況は、小学時代からの友人がリモート誕生日会をしてくれました。各々ケーキを用意してくれて。

各々色々あるけど頑張ろうね、という気持ち。
本当にありがとう。主役が1番にベッドに寝転がって喋り始めてごめんね。


あと、親知らずを全部抜くことになりました。
4本のうち2本は真横で埋まってるので骨を削ってなんちゃらしないといけないらしいです。
正直、すんごく嫌。とてつもなく嫌。
けれど椅子の上に座って口を開いたらまな板の上の鯉なので、大人しくガリガリしてもらいます。
親知らず、綺麗に生える口が欲しかった。


そんなこんなですが、私は生きてます。

深夜の目覚め

困った。目が覚めてしまった。
なう(2020/05/15 03:03:59)
誰が好き好んでこの時間に起きるのか。


最近は幼なじみに会えた。
親友と通話ができた。
年齢を重ねてくると、悩む内容がどんどん変わってくる。
私も、この会話をするまでの年齢になったんだな、とふと思う。育つという言葉はもう失った。
老いが始まっているのかもしれない。
でも、それを私は悪く思わない。
どんな自分に変化していくのか楽しみだから。


10年前何してた?と思ったら学生だった。
学生というまだ社会に守られている呼び名。
それを振りかざして遊ぶだけ遊んでいた。
夏休みが短いから、その中でどれだけ遊べるかと夜中にドライブに行ったり、暑い日にわざわざ日影のない公園の猿山を見たり、水族館に行ったり、とてもとても貴重な時間だったと思う。
あの頃の思い出を思い出すと自然と笑みが溢れるのは良い証拠。


「老い」というのは日々重なっていくもので、大人になった今あっという間の速度で日々が巡っているもんだから、ボケっとしていると気付いたらめっちゃ老けてた!みたいなことになりそうなので、老いをもっともっと楽しみたい。
人間いつかは老いて死ぬ。それがどれだけ幸せなことか。
だからその日までに、自分という人間をとことん知って、自分という人間をとことん楽しみたいと思う。



幼なじみが誕生日プレゼントにくれた絵。
幼なじみはとっても絵が上手い。


この最近撮れた写真の中で1番の笑顔の凪。

それではストラテラを出しますね

月曜日に、いつも通院している病院でタイトルを言われた。


発達障害
と言えば皆聞いたことがあるだろう。
私は昔からあまり喋ることが上手くない。
ど直球のストレートボールを投げるのでよく嫌われた。
私は何度も何度も同じ所で転んだり、同じ怪我を繰り返す。
聴覚過敏、視覚過敏が酷い。
相手の言葉の裏が読めない。
所謂皮肉等がわからないということ。
私はADHDASDの併発組。


診断が下った時に、「だよなぁ」と思った。
それと同時に、「これは参った」と思った。
何となく薄々感じてはいたけど、いざ診断が下るとなんと言うかどこかで納得できない自分と、肩の荷がおりたような自分と二人いて、ぼんやりとしてしまった。


発達障害かぁ。とぼんやりと頭の中で考える。
今までそれで何人傷つけてきたのかなぁと。
悪意がないとはいえそれを考えると申し訳ない気持ちになる。
だからといって今更何がどうなる訳でもないんだけど。
病気を理由に人を傷つけてたら人間としてお終いだ。


病名がついて安心した点は、学生時代からの自分に納得できたことだ。
私は納得しないと先に進めない難点がある。
小学生の時からそうで、沢山の教師と親を困らせてきた。
「そういうルールだから」が理解できない子供だったので、社会的に「そういうルール」が上手く出来ていた人間とは真逆の方向にいる。


でも、生きている。一先ずそれでいいではないか、と思う。甘い考えかもしれないが。
いきなりヘビーな話になるけれど、リタイアしそうになることは何度もある。
ただ、その度にあともう少し、あともう少しだけと呼吸をしてきたようなものだ。
正直もう価値ある持ち物はとっくに無い。
おまけにバツイチだ。笑えてくる。


そんな私でも「会いたい」「会おう」「遊ぼう」と声をかけてくれる人がいる。
だから、新たな難問が見つかったこの脳で何とかやっていくしかないのだ。


ずっと気にかけてくれている方々に心からの感謝と親愛を込めて。

春といえば山菜でしょ

最近、桜の様子を見るために散歩をしている。
犬の朝の散歩は桜並木を歩く。
犬は頭上の桜など気にせず地面をクンクンと嗅ぎながら歩いている。

何故か一緒に散歩してくれる父と犬。

コロナが発生してから、友人と一切会っていなかったのだが、昨日久しぶりに会った。
友人の家は山に敷地を持っていて、すごい量のこごみが採れる。
ちゃっかり着いて行った。
結論からいえば、山なめてましたすみません!です。
こんな大変な作業をして山菜を採って、色んな友人に配り歩いている友人に感謝し、尊敬した。
山菜採りは初めてだったので、自分で採った山菜は持ち帰らせてもらった。
あと、やっぱり気の置けない友人と話せるのは何よりも元気になるな、と思った。

この辺で、日々観察している桜の写真を貼り付けて終わろうと思う。
相変わらず文字が打てない。


みんな、体を大切にね。

世界はきっと思ってるよりしぶとい

サザエじゃんけんからやっぱり更新しなかった。この未来はしっかり見えていた。
とっても幸せに平和に生きてます!って言えたら最高なのだが、季節の変わり目で体のあちこちがおかしかったり、離婚から3ヶ月が経って、元夫との思い出がフラッシュバックしたりしている。
先日専門の相棒と、
忘れていくって人間のいい機能だよね。と話した。
銀色夏生さんの詩で、「やがて今も忘れ去られる」というものがある。
その通りだなぁと思いながら、苦しいときはその詩を思い出す。


ニュースがあまりにも暗いから、テレビを見ていない。ニュースはネット記事をさらりと読んでやめている。
情報は大事だけれど、自分の心まで塞がれたらたまったもんじゃないから。
大事なことなのはわかっているよ。
自分の大切な人が、無事でありますように。

先日のキャンドルの写真で、鎮魂と祈りを。
皆様お気をつけくださいね。

久しぶりにお酒を飲んで眠いので、おやすみなさい。