言葉って難しい

感じていることや思っていることを言葉にして伝えるのが苦手だ。
現状で相手に対して振る舞う一番の手はこれだろうというのがまず頭に浮かぶ
しかし、実際に私の心にあるのはそれじゃない。
こう言った場合、前者を取りたくなってしまう。
しかしそうしていては分かり合えないので、何とか言葉を考えて自分の気持ちを伝えようとするのだがまるで上手くいかない。
そして一言一言をひねり出すのにすごく時間がかかってしまって、結局言い切れずに終わる。
言えなかったあれこれが心の中に沈殿していく。何してるんだか。


自分の不甲斐なさに涙が出た。
本当はやりたいことが沢山ある。
ここにきたからには、と思うことが沢山ある。
勿論やれている日だってあるが、悔しいくらいに体が思うように動かない日が多い。
与えられるだけの生活はしたくなくて。
少しでも多く、与えてもらっている分を返したくて。
今日の私は何ができていただろう、と寝る前に考えている。
こんな努力家で真面目でまっすぐに突き進む人に対して何ができているだろう、と。


自分の病気に関しても改めて色々と調べているのだけれどどうにもこうにも寛解と言うよりは付き合って生きていくパターンのようで。
前に調べた時にもわかっていたことなのに、再び殴られているような気分。
それも恐らく私の中を焦燥感でいっぱいにさせる原因なのだと思う。
いやいや、そんな悠長にしていられないんだよって。


「無理をしないで」と言われても、多少の無理をしないとできないことがある。
無理をしなくてもできることも勿論ある。
要はできる無理とできない無理を分けていくことなのだろうと思う。
いい子に休んでいたら治るものでもないし、それならばそいつの様子を伺いながらこっちができる無理をしつつやっていくしかないのだ。


とりあえずはこちらの空気に自分を慣らしていくこと。
こちらの時間に自分が馴染むこと。
心の安定をうまくはかること。
まずはお気に入りのお店を作ってみようと思う。
落ち込んでうじうじと考え続けるよりも、とりあえず出来ることを。

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秋刀魚を焼いた後はグリルをすぐに洗ってね

すっかり肌寒くなってしまった。
ついに毛布を出した。何か負けた気がする。
しかし毛布にくるまった時の言いようのない安心感は素晴らしいものがある。
ぬくぬくと、熱のこもった毛布の中でこのまま微睡んでいたい…と願ってしまう。
そういったことを考えて行くと結論としては猫が理想だなぁと思う。

こちらで生活を始めてから何かとお世話になっているのが幼馴染2人と私を含めた3人のLINEグループである。
住んでいる場所がバラバラでも、生活をする上でどうしようと思うことはそんなに変わらないようだ。
特に夕食何にする?とか、パートナーはこういう時に助けてくれる?とか、とにかく生活に根付いたものばかりだ。
今日、幼馴染の1人は港で釣りをして夕食をゲットしていたし、もう1人の幼馴染はお腹が空いたのに何もしたくないと夕食前にゴネていた。
有難いのが、ゴネる場所があるということだ。
何もしたくねー!!!!と1人が抱え込むより、誰かが目を通してくれる場所に書くとそれだけで少しだけやる気になれる。
2人も頑張ってるからね、頑張るよ。って背中を押されている。
ただ、幼馴染2人は家事にプラスして育児をしているので無理をしないでいてほしいなぁと思う。

今日は気圧が低かったので驚くほど眠かった。
昨日一通りの野菜を買い込んでおいて良かった。
そんな今日の夕食には秋刀魚を焼いた。
上記の幼馴染2人が昨日の夕食に秋刀魚を焼いていたので真似をしたのだ。献立を考えずに済んで非常に楽だった。
集中力がなかなか戻っていないので本も読めないし、映像作品も心しないと見られない。
しかしどんどん言葉が頭から抜け落ちている事を実感するのでせめて日記だけは毎日とは言わなくても書こうと思った。

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知らなかったな

付き合いが10年になる友人と久々に通話をした。
彼女はいつも私のことを気にかけてくれていて、何かしら良いことを教えてくれる。
彼女の話を聞いていると心がワクワクするし、本当にそうだなぁと納得することが多い。
そして自分の中の疑問や肌で感じたことを打ち明けるとわかってくれるのでとても有難い。

こっちに来て痛感することとして、「地元は生活が豊かだ」ということがある。
四季は木々や花や食卓が当たり前に教えてくれて、緑は当たり前のように目に入る。
自然が溢れんばかりに豊かで、遠い遠い場所の工事の音が呑気に響いてくる。
何を豊かというかによるけれど、私の価値観ではそう言った生活が何よりも豊かだと思う。
こっちは、驚くほどに音が多い。聴覚過敏の私は人混みに出るたびにフラフラしてしまう。
そして何より、季節を探さなければならない。
季節を探す、という行為自体おかしなものだと思ってしまう。
季節は当たり前に訪れて、注がれるものだと信じ切った生活をしていたから。
緑は人工的に整備されていて、咲いているというよりは咲くことを義務付けられているようだ。
地元はなんて贅沢な町なのだろう、と日々思う。
朝には新鮮な野菜を農家が売りにくる。地産地消が出来る。
田んぼの稲は豊かに風に揺られながら色を変えていく。
川には山の緑が反射して、とても美しい。
空気が循環していることもはっきりわかる。

そんな話をしたら、「そうだよ、すごくいい所に住んでいたんだよ」と東京生まれ東京育ちの彼女は教えてくれた。
彼女は何れ都市計画に携わりたいという。
緑を街に返したいと言っていてとても素敵だと思ったし、人工物に溢れかえったこの街に緑が溢れたらどれだけ人の心が和らぐだろうと思う。
勉強熱心な彼女はきっと都市計画に携わるだろう。そして素敵な街を作り出す。そう信じている。

根っからの自然育ちは、自然に触れていないと心が弱ってくるようだ。
人工物の匂いのしない、堂々とそこにある自然に触れたい。

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「私達は地雷原だとわかってて走る人間だから仕方ない」

相変わらず冷えピタを貼ってアイスノンを枕にして寝ている。
今日は寝起きにコーラを飲んだら一気に気持ち悪くなってトイレに直行だったので流石にいよいよ休まないとかな…という所に隣の人から連絡が来て「前の会社の人たちと飲んでくる」!
ラッキーでした。
しかしよく眠ってしまう、というよりも眠れるまで回復してきたのだろう。良いこととしよう。


今日、親友との思い出をツイートして、馬鹿なことをたくさんやってきたことを思い出せた。
彼女とは小学一年生からの付き合いで、今の歳まで本当に馬鹿なことしかしていない。
ミニ四駆を公道で走らせたら本当の四駆に進化できる!と走らせて、開始10秒ほどでミニ四駆が側溝に走っていった思い出。
テンガを水風船にして頭から落としてかぶっている動画を見つけてうちらもこれをしよう!と夏の夕方に必死に頭にテンガを落とした思い出。
ゴールデンウィークの公園で子供に混じって本気でトランポリンをして呼吸困難になる程笑った思い出。
私の誕生日にチョコボールが26個送られてきて、一つ一つの箱に手書きのエンゼルを描いてまた綺麗に包装し直して送りつけてきた思い出。

年越しに神社に並びながらあと3分くらいで新年になるという所で嘘のカウントダウンをして周りの人を騙した思い出。
トランプゲームでお互いの眉毛を賭けて本気で勝負して私が勝って彼女の眉毛を全剃りした思い出。

そんな親友は今年母になった。
けれど、相変わらず笑いのセンスは衰えてなくて、最近はジャバ・ザ・ハットに似た写真が撮れた!と喜んで送りつけてきた。
私がなんだかんだ生きてきた理由ってこういう所にあるなと思う。
お互いに辛いことをいかに面白く語るかで乗り越えてきた気がする。
要はなんでもネタにしてしまえということだ。
私がてんかんの大発作を起こして入院した時に、彼女は面白いからという理由で一眼レフのカメラを持ってきて病衣姿の私をゲラゲラ笑って撮影して帰っていった。
私も倒れた直後のポヤポヤした頭でゲラゲラ笑いながら撮影に応じた。
そういう所に救われて、そういう所がたまらなく好きだ。
私は最高の親友に恵まれたんだと思う。

生きる上で欠かせないもの、絶対に負けないという強い気持ちも大事だけど、ユーモアはもっともっと大事だ。
大人になればなるほどくだらないことって大事になってくるから、忘れないでいたい。

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熱を排出することをさぼる体

先日友人と水族館に行った。
その友人と2人っきりで会うのは初めてでとても緊張したのだけれど会える喜びの方が大きくて、先に着いた私は改札前で何度も何度も人波の中に彼女を探した。
前に会った時よりも随分と髪が伸びた彼女は相変わらず優しい笑顔ではにかんでいてとても可愛らしかった。

水族館は昔から好きだ。
水族館で楽しく過ごせる相手は基本的に居心地がいい相手に選別される。
彼女とはケラケラ笑ってあちこちのエリアを見た。
今回とても嬉しかったのは人生で初めてイルカショーをフルで見たことだった。
「イルカ………可愛い…!!」って本気で思った。
何故こんなにも愛しく可愛い生き物のショーを人が多いからと避けて生きてきたのだろうと本気で後悔した。
イルカショーはずっと動画を撮っていたのでふとした時に再生してにんまりとしている。
こっちでもお気に入りの水族館を見つけたい。そして年パスを買いたい。


すこぶる調子が悪い。
個人的に信じられないレベルのショックを受けたらストレス反応が激しく出過ぎてしまった。
おかげで体温調節がうまくいかないのと、ショックを受けた直後、5時間くらい意識を失うように寝ていた。
それからアイスノンと冷えピタが手放せない。
こんなにも秋らしい夜なのにアイスノンを枕に冷えピタをしてこれを打っている。

最近気づいたことに、感情を認識するのが下手な為、自分に起きたことを人に話した後で私ってこんなに傷ついていたんだとか、ショックだったんだ、と認識して驚くことが多い。
だからこそ、感情を言葉にすることは大切だよってことなのね、と意味がわかった気がした。
言語化して驚くよりも早く、自分が何に傷ついてショックを受けたのか気付けるようになりたい。

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よいよい

私がこっちに来てから身につけたことの一つに、鬱状態との共存がある。
クリニックは変えてないので医師に会えるわけでもない。
家族が家事をしてくれるわけでもない。
家事の進行は私にかかっている。
どうにかこうにか動けないものかと考えてひねり出した答えが、そのまま受け入れるだった。

体が重くて地球の引力が強すぎるんじゃないかと言う日でも溜まっていたら洗濯物は干さなければならない。
「はい!だめ!!今日はだめでーす!!だめですよー!!」と言いながら干す。
吐き気が強まって来て胃薬を飲みながらも何とか食べ物を口にしている時は、「絶対にお前を倒すからな!」と口にしている。
夕食を作っている時が一番顕著で、「圧倒的に負けないと言う強い気持ち」でお米を研ぎ始める。そして次に味噌汁を作る。主菜を作ることから逃げられないように自分をじわじわ追い詰める。

本当にもうどうしようもない日は「だめなんだよねー、だめだねぇ。どーにもこーにもだめだねぇ。わかるわかる。だめなんだよねー。よよいのよいっ!」とか口に出している。
もちろん部屋の中は1人だ。完全に頭がおかしい。でもまぁ頭の病気だから許してほしい。
本当にもうどうしようもない時は携帯も見られないし、テレビなんて論外なので、手負いの獣のようにひたすらベッドの中に潜る。じっと堪えて少しの光を待つ。

私はこっちに来てから、ダメな自分を笑えるようになった。
あらー、こんなにダメなのねぇって自分に言えるようになった。
だからと言ってまだ頼ると言う癖はつかなくて出来ない時は相手に謝り倒すのだけれど、自分のダメさを笑える日も出来るようになった。
正直、笑ってなきゃやってられないのだ。
私のメンタルをコントロールできるのは、こっちにいる限り自分だけだから。
次の課題は、一緒に住んでいる人に頼るということです。地道に行きます。


辛いことを、辛いと口にできる人は素晴らしいと思う。ツイートでも何でも。
私は躊躇うので、凄いなぁと思う。
私も素直に辛いが言えるようになりたい。

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最近は寝るのが絶望的に下手

今日は起きてすぐにダメな日だと悟った。
今日でこちらに来てからまる1週間だったのだけれど、ついにダメな日がきたな、と。
前兆はあった。寧ろ毎日がダメになりかけだったのをごまかしごまかしやっていた。
が、今日はダメだとすんなり受け入れられたので、「今日はダメです」とLINEをいれた。

ダメな日だとは言っても晴れているし、結局何もしない自分にストレスを溜めることを学習したので、今日は少し自分のために動いてみようと思った。
スタバの新しいやつを飲んだ。ゼリー状のものが入っていて美味しかった。
けれどスタバは1人で来てもなんだか味気なくてみんな忙しないし此処は違うなぁとズルズル急いで飲んで出た。
歩いているうちにいつも使わないスーパーの価格が気になってあちこちした。
このスーパーはこの野菜が安い、こっちはこれが安いがあって非常に面白くなってしまい、最終的にダメですとLINEを送ったくせにしっかりと夕食の買い物を済ませて帰宅してしまった。
今日一番の収穫は青森県産のにんにく一玉108円だと思う。これは!素晴らしいこと!

私はいつも18時になるとお米を炊く。
そしてゆるゆると夕食の準備を始めるので食べるのは19時前になる。
1人で黙々と食べる。これには最初慣れなかったけれど今では随分慣れた。
今でも慣れないことは夕食後の1人の時間だ。
今はちょうどバレーボールをやっているのでバレーボールを観ている。
家で一切観ていなかったテレビが此処に来てほんの少し活躍している。

そうそう、キャビンというホラー映画を観たのですが個人的にはすごく好きでした。
純粋にただ恐怖を楽しみたい人にはオススメしませんが、此処まで詰め込んでやりたい放題みたいなのは観ていて気持ちがいいです。

最近は本気で痩せたいです。

でもビールが美味しいです。

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