試し書きだらけのノート

日々のあれこれ。

知らなかったな

付き合いが10年になる友人と久々に通話をした。
彼女はいつも私のことを気にかけてくれていて、何かしら良いことを教えてくれる。
彼女の話を聞いていると心がワクワクするし、本当にそうだなぁと納得することが多い。
そして自分の中の疑問や肌で感じたことを打ち明けるとわかってくれるのでとても有難い。

こっちに来て痛感することとして、「地元は生活が豊かだ」ということがある。
四季は木々や花や食卓が当たり前に教えてくれて、緑は当たり前のように目に入る。
自然が溢れんばかりに豊かで、遠い遠い場所の工事の音が呑気に響いてくる。
何を豊かというかによるけれど、私の価値観ではそう言った生活が何よりも豊かだと思う。
こっちは、驚くほどに音が多い。聴覚過敏の私は人混みに出るたびにフラフラしてしまう。
そして何より、季節を探さなければならない。
季節を探す、という行為自体おかしなものだと思ってしまう。
季節は当たり前に訪れて、注がれるものだと信じ切った生活をしていたから。
緑は人工的に整備されていて、咲いているというよりは咲くことを義務付けられているようだ。
地元はなんて贅沢な町なのだろう、と日々思う。
朝には新鮮な野菜を農家が売りにくる。地産地消が出来る。
田んぼの稲は豊かに風に揺られながら色を変えていく。
川には山の緑が反射して、とても美しい。
空気が循環していることもはっきりわかる。

そんな話をしたら、「そうだよ、すごくいい所に住んでいたんだよ」と東京生まれ東京育ちの彼女は教えてくれた。
彼女は何れ都市計画に携わりたいという。
緑を街に返したいと言っていてとても素敵だと思ったし、人工物に溢れかえったこの街に緑が溢れたらどれだけ人の心が和らぐだろうと思う。
勉強熱心な彼女はきっと都市計画に携わるだろう。そして素敵な街を作り出す。そう信じている。

根っからの自然育ちは、自然に触れていないと心が弱ってくるようだ。
人工物の匂いのしない、堂々とそこにある自然に触れたい。