生きるって義務じゃないのにどうして

私の大嫌いな日が日々近づいて来ます。
希死念慮がどんどん強くなっています。
怖いので私はあるツイッターアカウントでAmazonほしい物リストを公開しました。
何がしたかったのか正直わかりません。
ただ、誰かとその日の呪いのような感覚を共有したかったんだと思います。
薄まれ、薄まれ、と念じたのだと思います。

正直に話すと、何も届かなくていいと思っていました。
むしろ、私はそのアカウントのフォロワーさんに何かしているわけではありません。
何が出来ているわけでもない、ただ同じ時間軸を共有しているだけのただのボンクラです。
しかし、公開した数日後にはナトリウム摂取を大事にしてくださいね、とレモンの塩漬けが届きました。
また別の日には私が悩みに悩んで欲しいものって何だ?と思った先に無くなりそうになっていたアイシャドウを登録していたのですがそれが届きました。
生まれて初めて自分の手元に香水が届きました。ミネラル麦茶と350缶のビールが届きました。
先述の友人は誕生日プレゼントだよと柑橘系のミストをくれました。

正直、どんな顔をしたらいいのか全くわかりません。嬉しいのです、嬉しいのですが、この日の私のやり場のない思いに付き合わせている気がして申し訳ない気持ちが多々あります。
ただ、ここまできたら、私は今年一年をちゃんと生き延びることだけなので生き延びます。
届いた品々は契約です。私が生き延びる契約です。
一つでも届いた瞬間から契約が結ばれました。
私は生きようと思います。
そして、会ったことも無い私に、数々の品々を本当にありがとうございます。
大切に使わせて頂きます。
生きにくい私と時間軸を共に歩んでくださっている事に心から感謝します。

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